(パリ=飛田正夫/日本時2019-05-14)フランスの2人の兵士が5月1日にベニンのマリ国境近くで殺害された。14日のアンヴァリッド廃兵院での葬儀では二人に勲章が授けられ、マクロン仏大統領は彼らの死が犠牲や慙死なのではなくてミッションの完結であり完璧な任務遂行であったので、それは成功であったのだと解釈して論じている。そしてフランス人が外国でこの様な目にあえば何処へでも探しに行くのだと話している。このミッションという解釈はある意味での宗教的な思想でもある。2人の兵士は訓練をしながらこの日が来るのを待っていたのだという認識も遺族にもあったようだ。これはある意味で、天皇の命令を疑わないで突進した旧日本軍の「神風」のフランス版を主張しているようにも思われる。個人の自由や思考の排斥された軍隊組織の恐ろしさが市民にまで及ぶアンヴァリッドでの儀式であったように思われた。
この仏軍隊の襲撃の時には、仏外務省の提示する世界の訪問危険地域案内にはベニン北部の誘拐現場では最高の赤色ではなくその下のオレンジ色であった。しかしジャン・イヴィ・ドリアン外務大臣は解放されたフランス人2名と韓国人をベルサイユ近くの軍事飛行場にマクロンと共に迎えた時に、彼らが危険な赤色地帯で誘拐されたのだと誤った認識で話している。そして旅行者が危険な地域に出向いたことを暗に咎めていた。
しかしこの誘拐者解放の軍隊による5月1日の作戦決行はマクロン大統領によって訪問先の独裁者ニコラ・チャウシェスクの国ルーマニアでの国際会議の折になされていて、その時には準危険地帯のオレンジ色だったと今はメディアで明かされている。
救助された4人は仏人旅行者男性2人と米国女性と韓国人女性であった。しかしこの救助予定には仏軍隊には仏人男性2人しか知らされていず、他の2人の女性は外国人であり仏軍隊の目標になく解放するその時までその女性たちの存在は知らなかったのだと言われている。
いまでも米国女性は60代である事ぐらいしか何もわかっていない。解放されたベニンから米軍が直接アメリカへ連れ去っている。その名前もベニン訪問の理由もフランス側は知らないのだという。しかし米軍がこの地帯からの軍人の撤退を決定していて、仏軍と米軍の連絡は密であったというから、仏軍がその代行をしている可能性はあるかも知れない。そうすると仏軍人2人の死は愛するフランス人保護の為だけではなくなってくるだろう。
(キーワード 神風,ベニン,韓国人,仏人旅行者,米国人,仏軍人2人の葬儀 )
最終編集22:40
【参考記事】
https://www.europe1.fr/societe/jai-perdu-un-homme-parfait-la-compagne-dun-des-militaires-tues-au-burkina-faso-temoigne-3898205
https://www.europe1.fr/politique/burkina-faso-hamon-denonce-lamateurisme-de-le-drian-sur-les-risques-pris-par-les-ex-otages-3898275
http://www.lefigaro.fr/politique/le-scan/gerard-collomb-aujourd-hui-emmanuel-macron-est-en-difficulte-20190509
https://www.revolutionpermanente.fr/Les-otages-au-Benin-et-le-role-de-l-armee-francaise-en-Afrique
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